恥ずかしき 我が 中途半端な優しさが。 

7時起床。天気は曇り。目覚めはやや疲労感。
本日の予定は特になく、11時過ぎにチェックアウトしてブラブラと帰ろう。
気力があれば、京阪で京都に行って、東寺でお参りをしようとも思ってはいる。本当はこんな時こそ行かねばならないのだが。



18時現在。帰宅。
”あがさ”さんの薦めもあり、気力を震わせ、京阪で京都に向かった。
京阪電車車窓に流れる街や自然の景色が、旅に出ている気分にさせてくれた。
木津川や淀川の大きな流れが、深々とした草の緑に調和して美しい。
祇園四条の空は、多くの白い雲に包まれていたが、僅かな切れ間から照らす太陽は、じりじりと暑い。

いつものように、八坂神社にてお参りをする。
ふと一昨夜のお初天神を思い出し、相棒が言った”お礼だけを唱える”に従う。
八坂神社の鳥居の朱色が、鮮やかに、まだ終わらぬ夏を象徴している。

天満宮にもお参りをし、錦市場をブラブラと散歩する。
いつも気にかけている、大安のカウンターが珍しく空いていた。
一人でも気兼ねなく座れる、ほんとに僅かなカウンター席だ。
岩牡蠣、たこブツ、鯖寿司、ビール2杯で昼食とした。
昼日中から酒を飲む事は、自分にとって殆どありえないこと、ましてや一人で。
暑さもあり、冷えたビールがとても美味しかった。
肴はいずれも旨かったが、出色は鯖寿司だったな。これはお奨めであろう。

たまには、かような贅沢も許されていいのではなかろうか。

2杯のビールで心地よくなり、弘法大師様へのお参りは取りやめてしまった。酔いに任せるのはな、という気持ちで。


本日、漸く”浅田次郎”さんの”蒼穹の昴”を読了。丁度、総武快速電車で最後のところに差し掛かっていたが、猛烈な感情が押し寄せ、不覚にも電車の中で涙がこぼれてしまった。
志を強く正しく持った武士(もののふ)のあり方が、自分の心の隙間をぐっと突き刺してしまった。
章の最後に、その主人公の武士のあり方こそが、周りの人の心を圧迫したり傷付かせていることに気づいたとき、ふと英雄の声が、
”難しく考えるな、史了(主人公の名)。知恵も力も何もいらない。優しさだけがあればいいんだ。大地も空も時間も、すべてを被い尽くすほどのやさしささえあれば・・・”という。

優しさ、大地も空も時間もすべてを被い尽くすほどのやさしさ、とは。考えさせられる言葉だった。