戦争なんて あっていいはずがないんだ けれど我々は 無智の業を抜け出せない。

4時過ぎに目が覚めるが、起きる気力がなくTVを点けて、うとうと。次に起きたのは8時過ぎ。天気は快晴。目覚めは快調だが腸が痛いのはまだ治っていない。


今日は64歳の誕生日であるが、感慨は深い。随分来たな、という感じ。大先輩の方々から見るとまだまだ若造が、と言われるかもしれないが。
この時期が来ると戦争についての議論が喧しいが、最近塩野七生さんの本を読んでいると、この人はローマに関する長大な歴史物語を書いている有名な人だが、そしてむかっ腹が立つほどにさばさばしている人ではあるが、この人が語る戦争史観は人間の持つ究極な姿に立脚しており納得できるところが多い。つまり、すべては戦いの歴史であったからだ。


明日は遠出となる。天気だといいが。
今日中にキーマンとのやり取りをして作成するものは済ませておかねばならない。


11時50分現在。大汗、いい汗。
風はわずかで、扇風機を回している。我が家では昨年エアコンを新調したが、この夏はまだ1回も使っていない。余り冷房が好きではないせいだ。義母がいるときには使用しているが。家を建てて各部屋にエアコンはついているものの、そんな状況だから、もう何十年もエアコンを使わないままに、それがゆえにか、使おうと思うときには壊れていた。そんなものかな。人生も。


18時10分現在。ずーっとBSを見ていた。
一つは被爆した女高生たちのノンフィクションのお芝居、もう一つは満蒙義勇軍に送り出した教師と子どもたちのインタビュー構成。考えさせられることばかりです。その人たちがどのように苦しんできたかについて、簡単に説明するようなことは重くてできないが、心の中にしっかりと受け留めなければならない。この日だからこそ、年に一度でいいから、戦争の苦しみについて多くを見聞べきと思う。
どんなに会社で偉そうなことを言っていても、年寄りぶっていても、私にはこんな経験にさらされたことはない。お気楽ものでしかない。
人には背負ったものについて、特に戦争体験等、見方によっては180度違う意見で非難されることもあるのでしょう。しかし、このような番組を見ていると、軽々にこのような領分に踏み込んで論評してはならないと感じた。とても自分にできることではないが、慈愛を持って接することができない限り、カッコいい、薄っぺらい評論家ぶることにしかならないと言うとに思い知らされた。、
きっと、言葉の論争では解決できない領域なんだろうな。
先日の2重被爆のドキュメンタリーと同様、私の小さな悩みなど糞喰らえであり、何か社会や仲間に残していくことに、力を注げよと叱られ、励まされた気持ちになった。そう思って生きていけば、戦争に直接関与しなくても、間接的にでも、戦争に言及していることになるのではなかろうか。つまり戦争とは、日常の人間の為す残虐なのだから。


20時20分現在。そろそろ。
テレビを見過ぎたためか目が滲んで来た。そこで浅田次郎さんを読むことに。文庫だからこれも目が痛くなってきた。明日は少し早目に起きて仕事を片付けるつもり。
遠出のために、10時過ぎには家を出よう。
では、そろそろ本日の業務終了いたします。