旅に出よう 自分の旅へ。

おはようございます。
8時起床。天気は快晴。目覚め快調。ちょっとひんやりした朝だ。
よく寝たな。
きょうの予定は、特にないが、まずは手紙を書くことを済まそう。
そのあとは散歩かな。正月4日の検診のためには血糖値A1cを下げておかねばならない。先生は、今度は薬を変えると言っていたな。前々回折角6.8まで下がっていたのが前回は7.2まで上昇していた。よく考えてみると前回の3か月前の検診では肺炎で4カ月ほどチンとした生活をしていたんだった。そのせいで血糖値も低かったんだ。


明日は、ある意味運命の日。いい方に天が微笑んでくれるといいのだが。午後からはその関係で非常に慌ただしい作業になるだろう。各方面への連絡やメール配信も行わなければならない。
今回多くの人の暖かい気持ちに触れた。有難いことだ。幸せなことだ。恵まれていることと思う。
反面、自分の憧れていた方を失ったことは非常に悔しい。お洒落で豪快な方だったな。苦労の中に努力されて登り詰められた、その経験の中で醸成されたんだろう考え方、また人を惹きつける魔力は、自分の目標だったんだ。


昨日の車中読書は、”浅田次郎”さんの”中原の虹”を読了”、引き続いて”吉田修一”さんの写真とのコラボ短編集”うりずん”に入る。”うりずん”とはどういう意味だろう。
蒼穹の昴”から”中原の虹”へと長い長い物語を読む中で、中国の皇帝の時代から共和国への転換の時代を知ることができた。これまで中国の歴史についてはほとんど関心もなく、”空海”の時代の長安の景色だけは空海と共に知っていたものの、初めて感動的に知ることができた。しかし、袁世凱が100日の皇帝を降り、死んだ後の歴史については”中原の虹”では触れられていない。張作霖はどうなっていくのだろう。長城をこえて全中国を統治できるには至らず死去することは知っているが、張学良や日本への亡命から中国に戻った梁文秀はどうなっていくのか知りたいところだ。
改めて中国の歴史を勉強してみる気持ちになった。だが三国志にまでは及ぼうとは思っていない。


18時45分現在。
散歩をしてきた。もう17時を過ぎると空は暗い。街にはクリスマスの音楽が流れイルミネーションに包まれる。
昼食は、前回予定していたパッキアで義母と3人で豪華なもの。平和な生活だ。
きょうは音楽と一日を過ごしたかな。
新しい旅が始まった気分だ。その気分に任せて、詩歌が生まれた。


うりずん”という言葉の意味が分かった。沖縄に古く伝わる”祝女の祭り”と言うことだった。吉田修一さんらしい命名だな。
最近は、吉田修一さんの作品の中でも、先日読了の”パーク・ライフ”のような、さらっとした男女の出会いの物語が好きだな。ドロドロするのが男女の本分でもなかろう。と言う思い。
さあ、きょうはもうおしまいにしよう。ロックのメロディを頭に巡らせながら。おやすみなさい。