弘法大師に 手を合わせば 霊気が我が身を包みこむ。

おはようございます。
5時起床。天気は曇り。目覚めは快調。
さあ、いよいよ旅支度だ。施設のレストランで久しぶりのバイキングを食べて、お参りの旅に出発しよう。


0930現在。京都に向かうはずが、一旦大阪事務所へ。FAXが来ているとのこと。一仕事して京都に向かうことにする。順路を立て直す必要があるな。
事務所に向かう途中の、淀屋橋の辺はワシワシの大合唱。暑苦しいとは感じず、行ってらっしゃい、の応援歌に聞こえる。思い過ごしか。


1645現在。東京駅から直行バス車中。
本日一応の目的の、八坂神社、東寺にお参りを済ませた。さほどの暑さでもなく救われたかな。
京都は、本日は、祇園祭の最終日で巡行が八坂神社へ戻る日であった。烏丸通は巡行で相当な渋滞。見物客も多く、縫って歩くのに苦労をしたが、初めての祇園祭を見て感動を覚えた。
八坂神社に、お神輿などが次々と入って来て、社台の前で無事を告げ解散して行く。その合間を縫って、自分もお参りを済ませる。これまでの大切な人々の無事と、これからの平安を祈念した。
とって返して、東寺では、殆ど礼拝者はいなかった。弘法大師の前で長く祈念をしたが、隣に若いお嬢さんが自分よりずっと長く、綺麗な姿勢で祈る姿を見た。美しい姿だったな。
何より、真摯にお参りをする姿は、本当に美しいと感じる。


1800現在。帰宅。
ちょっと疲れたかな。バスを降りてしばらく歩いたが、それだけで汗が噴出。
きょうは、お初天神、八坂神社、東寺とお参りをして来た。本来ならば、東寺のすぐそばの、六尊皇神社にも行くところだが、今日のところは勘弁していただいた。
神仏の前に立つと、全てはお見通しの事であり、自ずと精神が正され、嘘はつけなくなる。
自分は、敬けんな信者ではないが、嬉しい時、悲しい時、迷う時、不浄に苦しむ時、いつもお参りをする。祈りの中に、自分の心を見つめ、心の言葉を聞く。神仏の言葉は、中々に我が身に降りてはこない。


2020現在。転寝から目覚める。
家に着いてからしばし転寝。
起きると少し頭の芯が痛い。きょうは、もう夕食のあとは寝るばかりだな。