思索

嫌な夢を見た。起きてからも気分が重くて仕方がない。
年に数回は見る夢だ。昔々の出来事がトラウマのように巡ってくる。
自分はこれまでとても強い人間だと思ってきた。大昔には暗くて線の細い人間だったが、そして悩み深い人間だったが、大学を出てからは、明るくくよくよしない性格に転じることができた。大学の教師のお陰だと思って感謝している。
しかし、トラウマとなっている夢を見て、自分の弱さや暗さに落ち込んでしまう。
情けないことに、毎日仏壇に手を合わせ、守護の御礼とお願い事をしていることを考えると、これはきっと信心深いのではなく、自分がとても弱くて、神仏に助けを求め、すがっているのではないかと思えてくる。この拠り所があるために、自分は強く振舞っていることができるのであろう。
これからも、迷いの中に埋没してしまうことはあっても、決して逃げ出すことはしないであろう。
だがしかし、命や魂が大きな輪廻の中で循環するとすれば、自分のこの人生の中で巡りて暗い思索の中に迷い戻るような気配もある。若くして逝ってしまった義兄の人生は、これまで深くは関わらなかったけれど、今自分にとって大きく人生観を変えさせたようである。何がどうと言う訳ではないが、心の中は確かに何かが違うのである。
書きあぐねた人、、、を読み続けているが、流され続けてきた自分には、いま思索を巡らし、人生とは、を考えよという巡り合いの本なのかもしれない。


2110現在。施設着。
結構なペースで仕事に目処がついてきた。
今週末の説明会資料は、明日にも完成するだろう。明日は明日で、ゆとり時間は午前中しかなくて、午後は移転の準備の立会いが中心となる。
今晩の夕食は、珍しくもCoCo壱番屋のカレーとなる。カレーは久しぶりだなー。コンビニに寄って、明日の朝食と昼食、ソイジョイを調達してきた。会社の近所のコンビニでは売っていなかったが、施設の近くではちゃんと揃えてあった。これで明日は通常状態に復帰できる。
今日は、本でも読んで秋の夜長を過ごそうか。