2.なんと幸せな旅だったんだろう。

12年前、腎癌を突然宣告され手術して片方の腎臓を摘出した。以来12年が経った。短いようでもあり非常に長いようでもあった。新しい長い人生を送らせてもらった気持ちにもなっている。手術から数年は転移しないかと大きな不安も抱えていたが、何より仕事で様々な経験をし、人との出会い交流も得ることができた。充実した人生だった。新しい人生を得たと述べたのも、その新鮮さに感じ入っているからだ。
私はいつも、生きていることは旅をしていることだと考えている。歩いてきた人生は元には戻らないし、楽しかったからといって同じ場所を再び旅しても、元に戻ったことにはならない。
毎日を同じ景色で過ごしていても、目の前に現れる事象はすべて異なり、全ては旅の出会いに等しいと考えている。だからこそ毎日の出来事から逃げ出すことなく、人、事、時間から学ぶのだ。学ぶというとちょっと違うのかもしれないが、真正面に立ち向かうといった意味である。
これまでに自分の旅は、何階層にも分かれているが、いつも、都度新しい人生と考えてきた。
しかしいま、新しい病を得て踏み出して1年以上になるが、旅をしているという実感がわかないのだ。立ち向かっているという気がしないのだ。諦めているのではない。転移も再発もして欲しくはなく、元の健康な体を取り戻しこれまでのような働きをしたいと願っている。だがしかし、強い思いに昇華されない。時間がかかっているだけの事だろうか。それなら良いのだが。
今の私は、家の中を旅しているのかもしれない。