1.前触れ

この半年、妙に父親のことが気になっていた。そうしてあるとき突然思い立って、古い記憶を辿りながら自分と父親の長い間の憎しみの記録のまとめをしたばかりだった。誤解を招くといけないが、自分と父親が双方憎み合っていた訳でなく、自分が一方的に憎んでいただけの話である。
父親への憎しみは、小さな頃からのもので、16年前に父親が92歳で逝ってしまうまで続いていた。当時自分は55歳だったろうか。
しかし、まとめをしている途中で、父親への気持ちに変化があることに気がついた。長い歴史を憎い憎いと書きながら、何故憎いのかが、父親と母親の折り合いが悪く母親の側に立つ自分には、ただ憎しの感情だけであったことに気がついたのだった。
だからと言って、憎しの感情が消え去る訳ではないが、これまでの具体的憎さの想いが抽象的と言うか形而上的憎さに昇華されたような変な気分だった。その抽象的憎さは、小さな頃からの自分の未熟さや鈍感さを自分の中に浮かび上がらせてしまった。