おはようございます。今日も快晴の空です。
起床してすぐにネットを見る習慣があり、今日もiPadでネットを開こうとするとWiFiが繋がっていない。時折あることなので、WiFiルーターの接続を確認し電源を入り切りするも、回復しない。大汗をかきながら、会社の回線との接続を確認するためにPCを立ち上げる。PCとネットはWiFi接続ではなく、このラインは生きていることを確認。とすれば、WiFiが壊れたか?何度もWiFiルーターを入り切り、リセットして見るが復旧しない。
これは今日はWiFi機器を購入し、再設定が必要かと考えると、ちょっとゾッとしたが、諦めた頃に連れ合いのiPadは接続が復旧し、次いで自分のiPadも復旧した。
良かったが、結局なんだったんだろう。いざという時のために、予備にWiFi機器を購入しておく必要もありそうだな、とも考えている。


大汗かいて、これからシャワーを浴びて、出社の段取りに掛かりましょう。


2009現在。帰宅しました。
今日は色々なことが捗りましたかな。本も送り出しましたし、決算発表用のたたき台資料も配信したしね。


行きの電車からずっと考えていることがある。小説の書き方の本を読んでいて、どのような方法で書き進めようかということについてだ。前にも書いたが、これまでの著作では、まず単行本の出版企画を通すために、テーマ、コンセプト(狙いといったところだろうか)、構成(詳細な目次とその内容)をまとめ、その企画が通ってから執筆が始まるのだった。
しかし私のこれまでの小説への取り組みはどうだろう。まるで我流であることが、今回の本を読み続けていて指摘されている。このように、まず書き始めてから、成り行きに任して進めることをパンツイングというらしい。まさに私がそうだ。まずは全体から部分を俯瞰し、考えて書き進めるということについては、同じはずなのに、私の行き当たりばったりはどうしたもんだろう。
これまで、ブログ上に思いつくままに書き進めてきたような展開がすっかり悪習慣として身についたのだろう。もちろんブログそのものを書くことについては、どのように書き進めようとも構わないのだが、ことブログ上に物語を連載していく、それも思いつくまま気ままに、と言う悪癖がすっかり身についてしまったのだろう。
今回は、進め方をオーソドックスに戻し、改めて今回勉強した方法論に習って進めてみようと思っているのだ。
そのことについてずっと考え続けているんだ。ここ暫くはズーッと考え続けるだろうし、手順を追って実践していくことになるだろう。しかし、テーマやコンセプトについては良いのだが、プロットやシーンなどの起こし方については、類書も抽象的で理解が進まない。


昨日、この11月に博多に出向かないかとのお誘いを受けた。話は非常にありがたく嬉しいのだが、と言うのも博多にはもう久しく帰っていないからね、現在の体調と体力を考えるとまずは難しいことが分かるので、お断りをするつもりになっている。何より、一番の不安要素は、前回の総会時に東京での宿泊に当たって、非常に不安感に囚われたことだ。
その時は眼底出血を起こし、あまり目が見えない状態でもあったことが原因だったが、緊張感と不安感と、実際の足の不具合、目の異常のどれを取っても、遠出を阻害する要因となっている。
本当に、博多に行きたい思いは、痛烈にあるのだが、もう、遠出は無理と割り切っておいた方が正解だろう。


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