何もせずとも 時は走り 何をせずとも 腹は減る。

9時起床。天気は曇り。寒し。目覚め快調。よく寝ました。
きょうは、完全休養日にしたい。連れ合いは少し家の中を片付けろというだろうが、それくらい書斎はとっちらかっている、何かやろうという意欲は全く涌かない。最近は、いわば”片付けられない男”化しているのかも知れない。


先日、相棒Oさんのお父さんの告別式に出た時のことだった。
Oさんの仲人をしたこともあり、結婚式の時にお父さんとよく話したこともあり、また70歳というまだ若いお年で亡くなられたと言うことも心の中で重なっていたのだろう。
最後に御棺の中に供花する少し前から、涙が止まらなくなってしまった。指で目頭を押さえ涙を拭いていたが、次々と流れ出てくる。いよいよ供花の時には、Oさんが挨拶に近寄ってきたが、Oさんも泣いており、自分は嗚咽に変わりそうで口も利けないままOさんの背中を撫でただけだった。
そのままトイレに駆け込み、ちゃんとしなければと、顔を洗い鏡を見ると目が真っ赤であった。
恐らく、その後数時間は目が真っ赤な情況であったのだろう。自分が、こんなに涙もろいとは思っても見なかった。
まさに
「齢重ねれば 言葉より先に 涙が語る 我が思い」
という実感だった。


いま、”矢沢永吉”さんの”Rock’N’Roll”を聴いて寛いでいる。寛ぐというよりは、エネルギーが充填されている情況といっていいのかもしれない。明日から再び立ち上がることができるように。ちょっと抜け殻のような気分なんだ。
これからは、さらに新しくミステリアス(美素照明日)な自分を創って行くことに励もうか、フフっ。


13時20分現在。ゴロゴロ巣篭もり。
何事もせずひたすらゴロゴロ巣篭もり中。寒いせいもあるかな。こんな寒さを花冷えというのだろうか。
昨夕、会議後にキーマンと懸案事項の打合せを行って、一応了解を得たことがある。これは3月末締め切りの届出のもので、明日は大阪からリモコンで手配が必要になる。それでも、この了解を得たことは気が重いことだったので、大きな一安心だ。
少し体力回復ができたところで、詩歌集を印刷することになる。明日持って行くつもりだ。
詩歌について言えば、ちょっとした会話の中で刺激されて、発奮したことから始まったことだが、これは自分のこの一年を振り返って相当な励みになったことであり、日常に流される中、自分の別の心を育む素晴らしい時間であったと思っている。人との出会いと共に、このような新しい自分が生まれることについて感謝をしている。


「思い込めば 力涌き 念じれば 岩をも通し そして 新たな学びが そこに生まれる」


19時15分現在。
久し振りに”龍馬伝”を見た。先日見た映画の”獄に咲く花”の吉田松陰との生き方の違いが心を通り抜けていった。
明日はまた早い。
牛になるかもしれないが、モウ寝よう。