誤魔化しても、血液の数値で、からだになにが起こっているか、自己管理できていないか、医者には分かっている。らしい。。。

おはようございます。
7時起床。天気は快晴。久しぶりの青空だ。
本日は、千葉大検診にて、日中の中途半端な時間の為、休暇を取る事に。iPadは、持って出るためにメールでのやり取りは可能。
忙しさのせいにするけど、今年のお中元、まだ贈っていない。きょうの仕事の一つ。


1150現在。全ては身から出たこと。
朔日の打ち合わせについて、何か異見があるとの連絡をもらった。逆流して伝えられるが、余りいい気持ちではない。
そうして、ギリギリの状況にて判断をしたことなので悔いることもない。
ひたすら全うすることに努めるが、最後にちゃんとオープンできるかが最優先のこと。
その後のことは、天に任せよう。全ては身から出ていること。何が起ころうとも甘んじて受けるつもり。全ては、ちゃんとオープンできること。それだけのこと。


1530現在。薬局で薬を待つ。
先ほど診察が終わり、遅い昼食をとり薬局に並ぶ。今回、血圧の薬が変わった。
顔が赤らむことはありませんかと、医者はいうが、最近血圧がキュッと上がることは多い。その時きっと赤らんでいることだろう。酒の時は、赤らむのはもちろん早い。


1830現在。帰宅。
一日がかりの病院だったな。メールはどんどんくるし、電話もかかってくる。状況が緊迫しているので、それは必要なことだし、対応を怠ることは出来ない。むしろ、いたわって明日に回されるより、こちらで取捨選択できる状況の方がありがたい。
東京の相棒の尽力で、レイアウトの変更がようやくフィックスできた。もちろんキーマンには明朝の確認を取ることで決定となる。
相棒にも、この隘路のような、迷路のような、権現術数、魑魅魍魎のような、ドロドロした駆け引きが理解できて来たと思う。
さて今日は、疲れたのでこの辺で。



言葉について。
人は言葉を自由に操る事ができる。表現が苦手な人も、そのもどかしさから伝えたい真実が伝わって来る。
最近思うのは、言葉と行動が一致していない人の浮ついた言葉に抵抗を覚える、ことだ。言葉の意味するところは、確かに名言なんだが、あなたの言うことではないでしょ、と言う気がしてしまう。
むしろ、苦しみに悶えている人の、訴えや悶える言葉の方が、わたしを揺るがす。
言葉が人の素性を表す、と言うのは確かなことだと思っている。

バイロン ケイティ著、ザ ワーク、の一節より。
私は、あなたが今日体験しているような現実に目覚めるまでに40年もかかったんです。そしていつも序の口にすぎないの。
家に帰ったらお母さんに、少し話そう、って言って見るのもいいでしょう。『だめよ、時間がないわ』と言われることも覚悟の上で。いつだって、他にお母さんと一緒に過ごす方法が見つかるんです。もし、お母さんが、おむつを替えていたら、『手伝おうか?』と言うのもいいし、ただお母さんの話を聞いたり、何をしているかを見ているのもいいでしょう。お母さんの人生について話してもらうこともできます。あなた自身の話を差し挟まないで聞いていれば、お母さんの信仰や生き方について話してくれて、表情が輝いてくるかもしれません。お母さんと過ごすには、たくさんの方法があります。あなたにとって、全く新しい世界かもしれないけど、自分が本当に望んでいることが明確になると、未知の世界が広がるのです。
自分以外の誰も、家族を引き離すことはできません。そのことに今日、気がついてよかったですね。救済すべき家族もいないし、改心すべき家族もいません。救済や改心が必要なのは、あなただけです。


上記は、背景状況を何ら説明せずに切り出した文章なので、意味が理解出来ないかもしれませんね。私だけの備忘録のつもりです。

家族から理解されていない、信じてもらえない、毎日生活指導に口うるさく拘束が厳しいという少年に対応するワークの一場面です。


先に私が述べた愚痴のような言葉も、私の心の迷いから来るものです。そしてその苦しみに拘泥され、あるいは抜け出そうとして爆発する。また、自分を取り戻そうとして、救いを求める。全ては自分の心との対面です。言葉はその発露です。
私の心を打つのは、そんな状況で出された言葉であり、たどたどしくても心にしみるのです。


本日の車中及び院内読書は、ゴランノスポン、を読了し、奥田英朗さんの、我が家の問題、だ。