指輪     作:西戸 崎(Saito Misaki)

旅の途中。
斜め前に座る男。
ちょうど自分と同じ年頃だろうか。髪には白いものが多く混じっている。
緑が映えて美しい山間の、流れゆく景色を、じっと眺めいる後ろ姿に疲労が漂う。
まるで、鏡に映る自分の後ろ姿を見ているようでもある。同輩よ、と声を掛けたくなる。


男は、ふと大きく深いため息をつき、ゆっくりと結婚指輪を外した。そして背広の胸ポケットに仕舞いこんだ。
この旅の先、降りた駅で、男にはどんな物語が待ち構えているのだろうか。きっと長く深い旅になるのだろう。


次の駅のアナウンスがあると、男は降りる準備をはじめた。
網棚に置いていた、大きなショルダーバッグを下ろすと、肩にかけゆっくりと出口へ向かった。
窓ガラスに写った男の横顔は、渋く年輪が刻まれていた。


駅に着きドアが開くと、同年と思われる女性が、手を振って出迎えている姿が見えた。
その左手には、ホームの鈍い明かりを受け、指輪が浮いていた。


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18時現在。
漸くいま、根津権現裏、を読了した。自分の心の奥に住む、暗く悲しく、いじましい原虫が疼く。どんなに快活に振舞っていても、また悲しみに沈んでいても、この原虫は、善と悪の間で蠢いている。クヨクヨと思い悩む弱さも、綺麗さっぱり割り切れたことにあっても、原虫は我が心を揺り動かしている。くどくどと、相手の心に写った自分を斟酌したり、引いては妄想にとらわれ、余計な働きかけを弁解したりする。
私にとって、この物語はなんの解決も与えてくれず、深く沈めてくれるばかりだが、忘却の彼方にしていた心の深層を浮かび上がらせてくれた。
有難う、清貧で孤高の作家、藤澤清造さん。


20時50分現在。
疲れていたのか、うたた寝のつもりがこんな時間。夕餉のあとは、涼しい風にあたって、また一眠り。



朝:スープご飯、野菜、オレンジゼリー
昼:サンドイッチ、珈琲
晩: