指輪3     作:西戸 崎(Saito Misaki)


ある朝、男が食卓に着くと、テーブルには朝刊と、その上に指輪が置いてあった。
男は、一瞬顔が青ざめた。この指輪は、男が陰で付き合っているA子の誕生祝いであげたものだった。
この動揺を気取られてはならないと、男は平静をつくろい、「どうしたこの指輪?」と妻に聞いた。
「おかしいのよね。今朝新聞を取りに玄関に出てみたら、車のボンネットの上にあったの。あなた、知らない?」
男は、昨夜もA子と逢っており、激しい喧嘩をしたあげく、もう別れようぜ、と捨て台詞を吐いて帰ってきた。
喧嘩の原因は、いつものように互いの嫉妬から始まる事が多いのだが、最近ますますその激しさが度を越してきているのだった。
A子との付き合いは、かれこれ10年になるだろうか。その間に何度も喧嘩別れはしたものの、数日もたてばまた惹かれあってしまう。


「最近、ゴミをボンネットの上においてく人が多くて、嫌になっちゃうのよね」
妻の、言葉の焦点が外れたのに、男は安心して「酷い奴もいるもんだね」と相槌を打って、そそくさと朝食を済ませ家を出た。
家を出た途端に、男は大きなため息をついた。


男は、昼休みにA子に電話して問い詰めようとも思ったが、ますます激しい行動に出られると窮地に立つので、放っておくことにした。また、A子からも電話はなかった。
しかし、夕方が近づくにつれ、男は今晩もA子と逢って怒りを治めるべきか逡巡していた。この先も、今朝のようなことが起こるとぞっとするからだ。
A子は、昨夜か今朝、わざわざ家まで来て指輪を置いていったのだ。このようなことまで事がおよんだのは初めてのことであり、男には、その執念が急速に怖くなった。


結局その日、男は真っ直ぐ家に帰った。
珍しく、妻は家に居なかった。
リビングの明かりを灯すと、テーブルの上に、今朝の指輪とともにメモが置いてあることに気がついた。
指輪は、強い熱で焼かれ変形していた。
そしてメモには、同僚だったA子のところへ行ってきます。と書いてあった。


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朝:メープルトースト、サラダ、ヨーグルト
昼:六文
晩:東京駅のニュー東京で仲間と