ある思い。

これまで人生を経験する中で、難題が降ってもその変化にどう対応するか、あるいは対応出来るかが、一つの人生の分かれ道だと強く思っています。良し悪しではありません。
変化を受け入れるなら、その変化をもっとよくするために工夫して提案する。受け入れ難いのであれば、どうすればいいのかを工夫して変化を変化させ目的を前進するために帳合いする。足して二で割るようなことではない。
受け入れられないのなら、その職務を外れるしかない。経営方針にそぐわないのだから、不満を溜め込んで嫌々やる仕事に先があるはずも無く、自分の人生を無駄にするだけのことだから。
自分の力量や及ぶ判断基準のない中で良し悪しを判断できようはずもない。ただあるのは、善悪は基準にはなる。
経営者と管理者の間には大きな力量の差が歴然とある事は知っていた方が良い。理想の運営方針が、経営課題を進めたり解決するとは限らないからだ。
シャープのその後の報道を見てみれば、経営には何が起こっても不思議ではないのだという感を一層強める。それに携わる私のような秘書役は、強く何を信じるかが問われる事になる。一旦信じたら最後まで信じること。そしてある決断がリスクを含むことであれば、そのリスクをいかに低減できるかを考え、その方策を提案することであろう。
先に言ったように、善悪ならば話は簡単だ。しかし、良し悪しはもっと良くなる方向の提案や改善策を積極的に示すことが、我々の仕事である。例え大局の判断に及びのつかない考えや方策でも、その意見は暖かく受け止められるであろう。採用はされなくてもね。